島津斉彬(しまづなりあきら)は「自分の気付かない(きづかない)ことを教えて(おしえて)くれる」ように藩(はん)の人間たちに意見(いけん)をだすようにおふれをだし、その時に西郷隆盛(さいごうたかもり)の「農民(のうみん)たちの苦しい(くるしい)生活(せいかつ)を直さなければ(なおさなければ)国は滅びる(ほろびる)」ということを熱(ねつ)を込めて(こめて)書いた文が目にとまり、江戸(えど)に連れて(つれて)行かれ、庭方役[にわかたやく=殿様(とのさま)と自由(じゆう)に話せる]に任命(にんめい)されて、島津斉彬の下で将来(しょうらい)の薩摩藩(さつまはん)を背負って(しょって)立つ(たつ)ことのできる人物(じんぶつ)になるよう色々(いろいろ)な教え(おしえ)を受ける(うける)ようになったんだ。
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