 |
西郷隆盛(さいごうたかもり)は、明治政府(めいじせいふ)でも色々(いろいろ)な改革(かいかく)を行う(おこなう)中心人物(ちゅうしんじんぶつ)として活躍(かつやく)して、そのあと政治的(せいじてき)な意見(いけん)の違い(ちがい)から故郷(こきょう)の鹿児島(かごしま)へ帰り(かえり)、若者(わかもの)たちを教えたり(おしえたり)していたのだけれど、1877年に西南戦争(せいなんせんそう)をおこし、政府軍(せいふぐん)に破れて(やぶれて)しまい、鹿児島の城山(しろやま)で自ら(みずから)の命(いのち)を絶った(たった)んだ。 |
|